りくりゅうペアとしてフィギュアスケート界に歴史を刻んだ木原龍一選手は、日本ペア史上に残る快挙を次々と達成してきました。 この記事では、木原龍一選手の学歴や生い立ち、家族構成、りくりゅうペアの活躍と引退の理由を紹介していきます。
木原龍一ってどんな選手?
木原龍一選手は、日本フィギュアスケートのペア種目を世界トップレベルまで押し上げた立役者のひとりです。 シングルからペアへ転向し、三浦璃来選手とのりくりゅうペアで世界選手権や五輪で表彰台の頂点に立つなど、日本のペア競技の常識を大きく塗り替えました。
基本プロフィール
木原龍一選手の基本的なプロフィールは次の通りです。
- 生年月日:1992年8月22日生まれ
- 出身:愛知県東海市出身
- 身長:175㎝
- 所属:木下グループ(マネジメントはIMG)
競技経歴としては、ジュニア時代はシングルスケーターとして全日本ジュニア選手権2位、全日本選手権新人賞などの実績を持ち、その後ペアへ転向して世界の舞台で戦うようになります。コーチはトロントを拠点としている、ブルーノ・マルコット、メーガン・デュハメルという方たちです。
フィギュアスケートを始めたきっかけ
木原龍一選手は4歳の頃、母親の勧めでスケートを始めたそうです。 スケートだけでなく、体操やバレエなど様々な習い事に通わせてくれた中で、どの教室からも脱走していた木原龍一選手が唯一スケートだけは続いたそうです。
当時のスケートは自由奔放だったそうで、習い事の教室から脱走をしていたストーリーからしても、当時の木原龍一選手の様子がうかがえます。
木原龍一の学歴まとめ!
ここからは、木原龍一選手の学歴を、小学校から大学まで順を追って見ていきます。
出身小学校・中学校はどこ?
木原龍一選手の出身小学校は東海市立名和小学校、出身中学校は東海市立名和中学校とされています。 いずれも地元・愛知県東海市の公立校で、地元のリンクに通いながら学業とスケートを両立していたことがわかります。
小学5年生で全国ノービスのタイトルを獲得するなど、早くから頭角を現しました。 名和中学校時代にはコーチの指導のもと、スケーティング技術を徹底的に磨き、中学3年生で長久保裕コーチへ師事するなど、将来を見据えた環境選びもしていたそうです。
高校はどこ?
高校は、フィギュアスケートの名門として知られる中京大学附属中京高等学校(いわゆる中京大中京)に進学しています。 中京大中京は、多くの有名スケーターを輩出してきた強豪校で、リンク環境や指導体制も整っていることで有名です。
大学進学はしている?
高校卒業後、木原龍一選手は中京大学スポーツ科学部に進学し、大学までフィギュアスケートを続けています。 中京大学スポーツ科学部は、アスリートの競技活動と学問の両立を支えるカリキュラムで知られ、多くのトップスケーターが在籍してきた学部です。
木原選手も、世界を目指す厳しい練習と国際大会の遠征をこなしながら、大学の単位を取得し卒業しています。 この学歴からも、単に才能だけでなく、長年の努力と計画的な環境選びの積み重ねによるものであることが伝わってきます。
りくりゅうペア結成のきっかけ
シングルとして活躍してきた木原龍一選手ですが、りくりゅうペアの三浦璃来選手とペア結成のきっかけはなんだったのでしょうか。
雷が落ちたような衝撃
木原龍一選手は、かつて高橋成美選手や須崎海羽選手と組んでペア競技を経験した後、新たなパートナーを探す中で三浦璃来選手と出会いました。 次のパートナー候補として日本の若いスケーターを探していた木原選手が、トライアウトとして三浦璃来選手と一緒に滑ったときに、雷が落ちたような衝撃が走ったほど相性が良かったといい、ペア結成にいたりました。
三浦選手は当時10代で、年齢も経験も違う2人でしたが、練習を重ねる中で少しずつ息を合わせていきました。 2019年シーズンから本格的にりくりゅうとして国際大会に出場し、わずか数年で世界トップクラスのペアへと成長していきます。
日本ペア史上初の快挙
りくりゅうペアは、トリノ五輪で日本ペア初の金メダル獲得という偉業を成し遂げました。それだけでなく、世界選手権での優勝は日本ペアとして初めての世界一であり、その後の国際大会でも安定して表彰台の頂点に立ち続けました。
また、シーズンを通して主要大会を総なめにしたことは、世界的に見ても稀な快挙であり、日本のペアスケートの存在感を一気に高めた結果となりました。
木原龍一の家族構成は?
ここからは、木原龍一選手の家族構成について紹介していきます。
両親はどんな人?
詳細な職業や名前などは公表されていませんが、木原選手の両親が幼少期から競技活動を支え続けてきたことが度々触れられています。 遠征費や練習費がかかるフィギュアスケートの世界で、家族のサポートは不可欠であり、木原選手も感謝の言葉を多く述べています。
父の想い
木原選手がペアに転向することを決めた際、日本でのペアの地位、特に男子は低かったといいます。2014年にソチ五輪で団体戦が始まるのを機に、スケート連盟がペア強化に動き、当時強化部長だった小林副部長は木原選手と父親を説得したそうです。
その際に、”ペアには賛成するが、はしごは外さないでくださいよ”と、最後までサポートを打ち切らずに支援してほしいという、木原選手を思う父の想いが込められていますね。
引退を正式発表
出典元:デイリースポーツ【公式】
2026年4月17日、木原龍一選手と三浦璃来選手は、同シーズン限りでの現役引退を正式に発表しました。 これにより、りくりゅうとしてのアマチュア競技生活は区切りを迎え、今後はプロスケーターとして活動していく意向が示されています。
引退の理由は?
シーズンの始めから引退をするかもしれないという気持ちで滑っていたことを明かし、オリンピックに向けての体づくりを徹底的にしていたといいます。実際にミラノ五輪で金メダルを獲得した際は、すべてを出し切ったという、”やり切った思い”が強かったからだと語っています。最高の形(金メダル)で幕を閉じるという、木原龍一選手と三浦璃来選手の前向きな決断ですね。
引退後のキャリアは?
引退発表後は、アイスショー出演や、将来的にはコーチングや振付など、後進の育成にも関わっていく可能性が報じられています。 木原龍一は、選手としてのキャリアを終えたあとも、日本フィギュア界に影響を与え続ける存在になっていきそうです。
まとめ
木原龍一選手の学歴と、りくりゅうペアの引退の理由を紹介しました。幼いころからスケートに打ち込み、学業とスケートを両立しながら世界トップレベルのペアスケーターへと成長しました。
りくりゅうとして世界選手権制覇やミラノ・コルティナ五輪金メダルなど、日本ペア史上初の快挙を次々と成し遂げます。 長年の腰のケガと全力を尽くしたシーズンを経て、2026年シーズン限りでの現役引退を発表しましたが、今後はプロスケーターとして、そして将来は指導者として、これからの2人のスケートも楽しみですね。

